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東京地方裁判所 平成6年(ワ)8719号 判決 1995年6月06日

原告

小澤敏彦

被告

江口けさの

右訴訟代理人弁護士

藤本勝也

藤本健子

主文

一  本件主位的請求及び予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

1  原告と被告間の別紙物件目録記載の建物について昭和五九年五月七日締結された賃貸借契約が、合意により昭和六二年六月六日の期間満了と同時に終了したことを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和六二年六月七日から同年一〇月二日まで一か月金五八万円の割合による金員及びこれに対する年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は原告に対し、昭和六二年六月七日から同年一〇月二日まで一か月金二九万円の割合による金員及びこれに対する年三割六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、主位的に、原告と被告間の別紙物件目録記載の建物について昭和五九年五月七日に締結された賃貸借契約が、合意により昭和六二年六月六日の期間満了と同時に終了したことの確認を求めるとともに、賃貸借契約終了後も本件建物を不法に占有しているとして、不法行為に基づく損害賠償として昭和六二年六月七日から同年一〇月二日まで約定による賃料相当額の倍額である一か月五八万円の割合による損害金及びこれに対する年五分の割合による遅延損害金の支払請求を、予備的に、本件賃貸借契約が継続しているものとして昭和六二年六月七日から同年一〇月二日まで一か月二九万円の割合による賃料及びこれに対する約定の年三割六分の割合による遅延損害金の支払請求をしている事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  原告は被告に対し、昭和五九年五月七日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、これを引き渡した。

賃貸期間 昭和五九年六月七日から同六二年六月六日まで三年間

使用目的 事務所及び物品販売店

賃料 月額二五万円(ただし、昭和六二年六月六日当時は月額二九万円)を毎月三〇日までに翌月分を支払う。

損害金 本件賃貸借契約終了後本件建物の明渡をしないときは、明渡済みまで賃料の倍額相当の損害金を支払う。また、賃料の支払を遅滞したときは、年三割六分の割合による損害金を賃料に付加して支払う。

2  被告は原告に対し、本件賃貸借契約が存続している旨主張している。

三  争点

1  確認の利益及び訴権濫用の有無(主的請求及び予備的請求関係)

(被告の主張)

(一) 原告は、本件訴訟と同様の賃料ないし賃料相当損害金の一部請求訴訟を際限なく提起しているものであるところ、このような原告の目的は請求を実現するということではなく、できるだけ請求金額を細分化することによって、多数の同様の訴えを繰り返し提起して被告及び被告訴訟代理人に加虐性を発揮することにあり、このような本来の訴えの目的を逸脱した訴えは権利保護の利益を有せず、適法な訴えとして認めるべきではない。

(二) 本件賃貸借契約が合意により昭和六二年六月六日の期間満了によって終了したことの確認を求める点は、過去の事実の確認を求めるものであり、確認の利益を有しない。

(原告の反論)

(一) 憲法三二条には、「何人も裁判を受ける権利を奪われない。」と規定されているのであって、訴権の濫用であるから権利保護の利益を有しない旨の被告の主張は右条項に違背するものである。訴えの提起により裁判を受ける権利はそれ自体として最大限に尊重されるべきものであり、請求の拡張という訴えの変更をするか別訴を提起するかは、原則として当事者の判断に委ねられているのであるから、本件において、原告に対し本訴の提起に代えて訴えの変更という方法のみを強いることはできず、本訴を直ちに却下して実体審理を受ける利益を奪うことは許されないものである。

(二) 被告は現在も本件賃貸借契約が存続している旨主張し、別訴でも争っているのであるから、本件賃貸借契約が終了している旨の確認を求める訴えの利益が存する。

2  本件賃貸借契約を期間満了日をもって終了させる旨の合意の存否(主位的請求関係)

(原告の主張)

(一) 原告は、被告のためにすることを示した小泉幾善(以下「小泉」という。)との間で、昭和六一年一二月ころ、本件賃貸借契約を同六二年六月六日の期間満了をもって終了させる旨の合意をした。

(二) 被告は小泉に対し、右合意に先だって本件賃貸借契約の解除・解約及びこれに附帯する一切の事項並びに備品の処分等についての一切の代理権を授与した。

3  賃料支払の有無(予備的請求関係)

(被告の主張)

被告は、昭和六二年六月七日から同年一〇月二日までの月額二九万円の賃料を支払期限内に支払った。

第三  争点に対する判断

一  本件賃貸借契約が合意により昭和六二年六月六日の期間満了と同時に終了したことの確認を求める請求について

1 確認の利益は、原則として、請求が現在における権利又は法律関係の存否が対象となっており、即時に確定する利益が存する場合に肯定されるものであるところ、本件請求は、本件賃貸借契約が合意により昭和六二年六月六日の期間満了と同時に終了したことの確認を求めるものであって、現在の権利又は法律関係の存否が確認の対象となっているものではなく、過去の事実ないし法律関係の存否を確認の対象としているものである。もっとも、過去の事実ないし法律関係の確認であっても、現在の権利関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的な解決をもたらさず、むしろ過去の基本的な法律関係を確定することが、現存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と考えられる場合には、確認の利益が存するものというべきであるが、本件においては、派生的法律関係の紛争が多岐にわたっているというような事実も窺われないなど、現在の権利関係の個別的確定のほかに、さらに本件賃貸借契約が合意により期間満了と同時に終了したことの確認を求める具体的な必要性は格別認められない。

2 よって、この点についての訴えは確認の利益を欠き、却下を免れない。

二  昭和六二年六月七日から同年一〇月二日までの明渡遅延損害金あるいは賃料の支払を求める請求について

1  被告は、本件主位的請求について、訴権の濫用であるから権利保護の利益を欠き、訴えは却下されるべきである旨主張するので検討すると、甲第六号証の一、二、乙第一ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第三五ないし第三七号証、第四五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は被告に対し、本件建物ないし賃貸借契約に係る訴訟として以下のとおりの訴訟を提起するなどした事実を認めることができる。

(1) 事件 建物明渡請求事件(本件建物の明渡及び昭和六二年一〇月三日から明渡済みまで約定の一か月五八万円の割合による損害金支払請求)

第一審 東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一一〇〇号(公示送達)

昭和六三年三月二八日民事第一六部判決(認容)

控訴審 東京高等裁判所昭和六三年(ネ)第二八七七号

平成元年一〇月二四日第一〇民事部判決(原判決取消し差戻し)

上告審 最高裁判所平成二年(オ)第三一三号

平成五年一〇月五日判決(上告棄却)

差戻後第一審

東京地方裁判所民事第四〇部係属中(平成五年(ワ)第二〇二三〇号)

(2) 事件 建物明渡請求事件(本件建物の明渡及び平成元年一〇月二五日から明渡済みまで約定の一か月五八万円の割合による損害金支払請求)

第一審 東京地方裁判所平成二年(ワ)第一五三二一号

平成三年四月一八日民事第三〇部判決(却下)

控訴審 東京高等裁判所平成三年(ネ)第一五七四号

平成三年一一月二七日第一民事部判決(控訴棄却)

上告審 最高裁判所平成四年(オ)第一〇六三号

平成四年九月一〇日判決(上告棄却)

(3) 事件 損害賠償請求事件(本件賃貸借契約に係る平成四年四月一二日から同年六月一一日までの間の約定の一か月五八万円の割合による明渡遅延損害金の内金五〇万円及びこれに対する支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求)

第一審 東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一三二八号

平成五年三月八日民事第一部判決(却下)

(4) 事件 損害賠償請求事件(強制執行―動産執行―に対する被告の執行妨害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求をしている事件であるところ、本件賃貸借契約に係る平成元年九月二九日から平成四年八月二五日までの間の約定の一か月五八万円の割合による明渡遅延損害金の内金五〇万円及びこれに対する平成三年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求)

第一審 東京地方裁判所平成三年(ワ)第一七一八六号

平成四年九月二九日民事第三一部判決(却下)

控訴審 東京高等裁判所平成四年(ネ)第四五一七号

平成六年七月一四日第八民事部判決(控訴棄却)

(5) 事件 建物賃料等請求事件(本件賃貸借契約に係る昭和六二年八月一日から一〇月末日までの一か月二九万円の割合による賃料の内金九〇万円及びこれに対する支払済みまでの年三割六分の割合による遅延損害金)

第一審 東京簡易裁判所平成四年(ハ)第二三〇〇号(係属中)

(6) 事件 建物賃料等請求事件(昭和六二年六月七日以降一か月二九万円の割合による賃料の内金一〇万円及びこれに対する平成四年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金(主位的請求)若しくは昭和六二年六月七日以降一か月二九万円の割合による賃料又は本件建物明渡義務の履行遅滞による損害金の内金三〇万円及びこれに対する平成四年七月二四日から支払済みまで年三割六分の割合による遅延損害金の支払請求(予備的・選択的請求))

第一審 東京簡易裁判所平成四年(ハ)第二三〇一号

平成四年一一月二〇日判決(却下)

控訴審 東京地方裁判所平成四年(レ)第一七八号

平成五年七月二六日民事第一二部判決(原判決取消し・差戻し―差戻後簡易裁判所は地方裁判所に移送したため東京地方裁判所民事第六部に係属中―平成六年(ワ)第五二六号)

(7) 事件 建物賃料請求事件(主位的請求―昭和六二年六月七日から平成五年八月三日までの一か月二九万円の割合による賃料のうち二〇万円及びこれに対する年三割六分の割合による約定遅延損害金の支払請求。予備的第一次的請求―更新料五八万円のうち二〇万円及びこれに対する昭和六二年六月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金支払請求、予備的第二次的請求―本件建物についての期間満了後の不法占有による損害賠償請求として更新料相当損害金五八万円のうち二〇万円及びこれに対する昭和六二年六月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金支払請求)

第一審 東京地方裁判所平成五年(ワ)第一四四八二号

平成六年七月二一日民事第二五部判決(請求棄却)

(8) 事件 建物賃料等請求事件(昭和六二年六月七日以降一か月二九万円の割合による賃料の内金二〇万円及びこれに対する年三割六分の割合による約定遅延損害金の支払請求)

第一審 東京簡易裁判所平成五年(ハ)第三五七号(移送後―新宿簡易裁判所平成五年(ハ)第七七八二号)

(9) 事件 建物賃料等請求事件(昭和六二年六月七日から現在まで一か月二九万円の割合による賃料の内金一〇万円及びこれに対する年三割六分の割合による遅延損害金の支払請求)

第一審 東京簡易裁判所平成五年(ハ)第三六二号(移送後―新宿簡易裁判所平成五年(ハ)第七七八三号)

(10) 事件 賃料請求事件(平成四年一一月一日から同月三〇日までの賃料若しくは賃料相当損害金の内金二〇万円及びこれに対する平成五年一一月二五日から支払済みまで年三割六分の割合による約定遅延損害金の支払請求)

第一審 新宿簡易裁判所平成五年(ハ)第六〇六一号(移送後―東京簡易裁判所平成五年(ハ)第八〇五〇号)

平成六年六月九日判決(却下)

控訴審 東京地方裁判所平成六年(レ)第一四三号

平成六年一二月二二日民事第五部判決(控訴棄却)

2 以上認定の事実によると、原告は被告に対し、巧みに二重起訴となることを回避しながら、本件賃貸借契約に係る賃料ないし賃料の倍額相当の損害金について、期間を細かく区切って、あるいは期間を特定することもなく一〇万円ないし数十万円の内金請求の形をとった多数の訴訟を提起しているところ、これら各訴訟の間に特別な事情の変化はなく、基礎的な紛争は一回ないし数回の訴訟で解決が可能であって、かつ原告がそのような手続を採ることについて特段の障害も窺われず、むしろ原告は、殊更にこのような多数の訴訟を提起することによって、被告に一々応訴を余儀なくさせてこれを困惑に陥れようという目的を有しているものと認められること、一方原告のこのように細分化した訴訟提起によってその度に応訴を余儀なくされた被告は不必要に加重な負担を強いられているものと考えられることからすると、原告は本件において訴訟を提起する権利を誠実に行使しているものとは到底認め難く、本件訴訟の提起は訴権の濫用に該当し違法であるといわざるを得ない。

3 よって、明渡遅延損害金あるいは賃料の支払を求める訴えは権利保護の利益を欠き、却下を免れない。

二  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく原告の本件主位的請求及び予備的請求に係る訴えは不適法であるからこれらをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官志田博文)

別紙物件目録<省略>

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